FIREを延期しようと思い始めました
FIRE開始時期についてはこのブログのタイトルにあるとおり、私が40代のうちに、と考えていました。具体的には2024年で考えていたのですが、これについて延期しようと考え始めました。
理由はいくつかあるのですが、まずは投資環境の変化があります。もともと会社を辞めるのは資産が2億円を超えてからと考えていたのですが、一時期は2億円を超えたものの、いまではかろうじて1億円をキープしている状況で、この資産額で会社を辞めるのはかなりリスキーですし、私が思い浮かべるような生活はできそうもないので、相場が回復して2億円を回復するまではやめることはしないつもりです。
2つ目の理由としては、FIREが幸せに直結しないのではないかと考え始めたこと。私にとってFIREは手段であり、目的ではありません。では、目的が何かというと、それは幸せになること、思い出をたくさん作ること、です。
もともと私がFIREを考えた大きな理由は以前紹介した「DIE WITH ZERO」という本に大きく影響を受けたためで、いまでもこの本の価値観は正しいと思っています。この本では「人生の目的は思い出を残すこと」ということを言っており、そのために労働し続けるのではなく、労働でためてお金を経験に変えてより多くの思い出を残していこう、お金を余らせて死ぬのは経験できたはずのことをせずに終わることで、それではもったいない、というようなことを伝えています。
この考え方の前提には、豊かな経験を積むには労働するのではなく、労働を辞めて労働していたときにはできなかったような経験をしよう、というものがあります。ただ、これも冷静になって考えてみると、労働しているからと言って経験ができないとは限らないのではないか、と感じています。
私の中で労働を辞めてからやろうと思っていたことと言えば、例えば、バイクで日本一周をするとか、妻とクルーズ旅行に行くとか、長期休暇を前提とするものでした。が、これも仕事を辞めないとできないか、と問われれば、規模は縮小されますが、全くできないというわけではなさそうです
私は仕事のことがいつも頭に残ってしまうので、仕事を考えながらする旅行より仕事を完全に忘れた旅行を望んでいたのですが、そこだけ折り合いをつければ、例えば目下の夢である北海道バイクツーリングにしても、今年行こうと思えばいけなくもないかな、と思い始めました。
FIREは幸せにつながるのか
3つ目の理由ですが、幸せになることを目的としたときに、FIREがそれにつながるかが怪しいと思い始めたこと。
私が敬愛する橘玲さんの本で、「幸福の資本論」という本がありますが、この中では幸福の3条件として
- 自由
- 自己実現
- 共同体=絆
を挙げています。さらに、これに対応する3つのインフラとして
- 金融資産
- 人的資本
- 社会資本
を挙げています。
橘玲さんはこの3つすべてを備える超充は存在しない、ほぼ不可能だと言っており、3つのうち2つあれば十分に幸せというようなことを言っています。
今の私で考えると、金融資本はかなり減ったものの、1億もあれば裕福な方だとは言えますし、会社を辞めても当面は生活できるという点で、会社に縛られない自由はあります。(ただし、会社の業務には縛られており、時間的にも長時間拘束されているので、その点では自由ではないです。)
一方、人的資本はどうかというと、仕事を通じて稼ぐことはできており、それなりにはあります。
社会資本ですが、私は友達が多くないので、ここは心もとないのですが、ありがたいことに会社での人間関係は良好で、Facebook上の友人はとても多いです。
私が仕事を辞めたときにどうなるか、を考えると、このうち人的資本と社会資本は大きく損なわれると考えられます。人的資本については、会社を辞めてもなにかしら活動して稼いでいかないと確実に減ります。
そして、社会資本については家族は残るものの、友人・知人の多くは会社つながりであり、これを失うと普段コミュニケーションをとる相手が激減します。
私は過去の経験からコミュニケーションの相手がいなくなると精神的に不安定になることがわかっているので、家族は残るとはいえ、毎日のコミュニケーションの相手がいなくなることは確実にメンタルを悪化させることになり、避けたいです。
となると、必然的に会社を辞めるならそれ以外の活動を始める必要があります。
最終的には別の道に進むことを決めているのですが、今がそのタイミングなのか、と問われるとそこは考えてしまいます。
では、いつFIREするのか
では、いつFIREするのか。
正直それはまだ決めていません。今ざっくり考えていることは、下記が満たせるときだと思っています。
- 金融資産が2億円を回復すること
- 次に進む道に必要となる資格を取得すること
- 会社にいることによる社会資本、人的資本を失ってでも、得られる経験の価値の方が大きいと思えること。
今年はもう少し冷静になって、幸せになるために、経験を蓄積するためにどうするか、を考えてみたいと思います。