FIREについて思うこと

能力があれば、早期リタイアしようとは思わなかったかもしれない

早期リタイアというけれど、半分は早期エスケープだとも思う。

FIREすることを考え始めてから、よくYoutubeでFIRE関連の動画を見ていたのですが、FIREに憧れる若手の動画が多い中、中高年の方の意見は一味違ってとても勉強になります。

なかでも、FIREについて違和感があるようなことを語っている動画があり、この方の動画は興味深く見ています。

この方曰く、セミリタイアとは、「可能性に限界」を感じたあたりに考えるものであり、それは少なくとも中年以降から感じるもの、若いうちに感じるなら、それは「逃げ」であり、「リタイア」ではなく「エスケイプ」だということです。

これ、すごくわかります。私自身はすでに中年で、可能性に限界を感じている人間なのでこの方の批判対象にはなっていないのですが、ただ、それでも、私自身エスケイプの要素がないかと言われると、多分にしてあると思っています。

現実から離れたい、現実から逃げたい、そんな思いは確かに存在しています。

会社での可能性に限界を感じている?

私は現在は大手企業の管理職をしているのですが、正直、管理職にはあまり向いていないように思っています。

大手企業ですから、評価制度はしっかりしています。また、管理職になる道も年々狭くなり、優秀な人も管理職選抜の面談で落とされることが多くあります。

そんな中、私自身は運良く1発で管理職面談を通過しており、単なるラッキーな面もありますが、少なくとも、過去の業務ではその部署のエースとして最前線で仕事をしていた自負はあります。あの事柄なら光洋さんだよね、というようなものも確実に持っていました。(なお、私の出世スピードは同期の中でも並レベルで、同期の中では部長クラスになっている人もいますし、未だに平社員の人もいます。ちょうど真ん中くらいではないかと思います。)

ですが、それでも、管理職として力を発揮できるかは別問題です。

名選手が名監督になれるわけではない、という言葉がありますが、それに似ているのかもしれません。

私はプレーヤーとしてはそれなりにイケていたかもしれませんが、マネージャーとしては確実に平均以下です。実際、それは多面評価でも現れています。

また、年を追うごとに記憶力の低下にも悩まされており、自分が半年前にやったことすら忘れていることがしばしばです。新しいことを覚えられないこともよくあります。

管理職ですから、部門の目標を立てたり、ステークホルダと交渉したり、部下を育成したり、やることはたくさんあります。ときには深夜、休日に連絡が入り対応を余儀なくされることもあります。会社の電話を持っていなくてはならないのもとても嫌です。

私がFIREを考えているのは、QOLを向上させるためなのですが、QOLという点では、今の生活はクオリティが高い、とは言い難いのかな、と思っています。

ただ、上記のようにそれは単に私が管理職としては力を発揮できていないためであり、管理職として自己実現して仕事ができているのであれば、早期リタイアなんて考えなかったかもしれません。

真剣に退職を考え始めたのは、キャリア面談のとき

大手企業ならどこでもあると思いますが、毎年の面談には業績面談の他に、キャリア面談というものがあります。

これは、今後どのような業務に携わりたいか、今後どのようなキャリアを歩みたいかを上長に伝えて、上長と認識を合わせた上でスキル向上に取り組む、といったものですが、昨年度の面談をしたときに、違和感を感じ始めました。

なんだか、自分が書いたキャリア目標が、嘘のように感じたのです。一見それらしいものを書いたのですが、なんというか、嘘っぽい、本当にこれを心からやりたいと思っているのか、相当怪しい状態でした。

結局、私が管理職として能力があまりないのは、やりたいことがあまりなかったことが原因だと思っています。

管理職になる前は、上司から仕事の指示があり、部門の方針があり、それに従って自分の思いで仕事ができていた。いわば、誰かが作った仕事を遂行する役目でした。今は、仕事を作って部下を使ってそれを実現していく必要があるのですが、私にはその仕事を作る、ということがうまくできていないのだと思っています。

面談の中で、私は部下によく

  • 自分がやりたいこと
  • 自分ができること
  • 他の人に期待されていること

の3つについて、どれが満たせると自分は満足できるのか、考えてみてはどうか、ということをよく伝えています。

私の場合は、やりたいこと、というのがあまりなく、できることと期待されていることが満たされていれば、それで良かったのだと思います。

やりたいことは会社の外にあった

そのキャリア面談の違和感のあと、自分のやりたいことは何だろう?とずっと考えていました。

その頃はFIREを意識しており、すでにFIには到達する頃にあったので、お金の心配がなかったらどんな仕事をしたいだろう?といろいろ考えました。

長らくあれでもない、これでもない、と思い悩んでいました。

その結果、おぼろげながらやりたいことが見つかってきました。

それは、保育です。

私はもともと子供が大好きで、子供にも物凄く懐かれます。子供の扱いはかなり上手な方だと自負しています。また、子供写真を趣味にしており、娘の写真はSNSでの評判も良く、カメラメーカーのフォトコンテストで入賞したこともあります。

そんなことを考えるうちに、子供と接する現場で過ごしたい、という思いを持つようになりました。もしかしたら仕事ではなくボランティアかもしれないし、保育士ではなく運動会などのカメラマンかもしれない。ただ、どんな形であれ子供と接する仕事はしてみたいと思っています。

いつになるかはわかりませんが、保育の仕事にチャレンジしなかったら、死ぬときにきっと後悔すると思います。もちろん、やってみてうまく行かない可能性も十分にあります。でも、やらないよりはやって失敗したほうがずっとマシです。

他にも、投資はずっと続けていくので、職業?としては、投資家と保育士という形になるのが良さそうだな、と思っています。

やらない人生よりは、やってみる人生を選ぶ

以前読んだ人生で後悔することの記事の中に、自分らしく生きなかったこと、というのがありましたが、これは本当にそのとおりだろう、と思っています。

会社での仕事は、他人の期待に応える仕事であり、自分らしく生きているとは思えない。であれば、自分の可能性を開くためにも、新たな道にチャレンジしてみるのが良いのかな、と思っています。

早期リタイアというのは、最初にあったように確かに「エスケイプ」の側面もあります。今の仕事を基準にすればそうです。

でも、自分らしく生きる、という人生の目標を考えたとき、これは確実に「チャレンジ」だと考えています。

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